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(7)夫の料理、息子が「世界一」

2015.12.15 (Tue)

講師をしている短大の後期試験が近い。学生は勉学が仕事だが、その時代を離れて長い者が、何らかの試験を受けるとなると、とても緊張する。

 家庭料理技能検定は筆記と実技、基本応用技術があり、勉強不足で2級からの飛び級受験をした緊張の程度は、ドキドキ感や手の震え以上のものがあった。

 それだけに合格と文部大臣奨励賞の受賞の喜びには、それまでの思いや出来事がよみがえってきて、うれしさをかみしめた。
    *
 教室を開いた5年後、34歳の春、検診で良性の右卵巣膿腫(のうしゅ)が見つかり、田川市内の病院で手術を受けた。2週間後の退院日に左足にチアノーゼが出て発熱し、主治医に左下肢(かし)静脈血栓症だと告げられた。最近よく話題になるエコノミークラス症候群で、足の静脈に血液が滞り、小さな血の塊ができて肺や心臓、脳へ飛ぶと命にかかわると、絶対安静を言い渡された。

 周りの動きが急に騒がしくなり、重い空気は感じ取れていた。今はどんな大手術後も翌日から血栓予防のためにリハビリで動かされるが、当時、入院期間中は寝ていることが安静治癒(ちゆ)だとされていた。

 筑豊に血管外科がなく、久留米大学病院への転院、緊急手術をして左足付け根を切開し、血液の塊を流し出した。内科的には健康で体力があり、輸血もバイパス手術も不要で、回復は早かった。時折、3センチ程度の古傷が手に触れるたび、毎日病院へ通ってくれた夫、小学4年生で、寂しい思いをさせた息子に感謝を忘れない。
    *
 大変な心配をかけた夫が、それまでは何も家事協力をしなかったのに、息子のごはん作りを時々するようになっていた。

 カツ丼、すき焼き、ホルモン鍋と口においしい高カロリー食は息子を魅了し、授業参観日に、お父さんの家の仕事として、「はい! うちのお父さんのごはんは世界一おいしい」と発表。私の面目はつぶれ、笑いを誘った。

 しかし、料理を作れることは、老若男女の自立の条件で、功を奏したと思い、受賞を機に再びスタートラインに立ったと考えた。

 料理教室で正しく伝えたいと、東京の女子栄養大学のスクーリング(検定短期集中講座)では、陳建一さんや田村隆さん(「つきぢ田村」3代目店主)など名だたる料理人やシェフに習った。手先の技術や巧みな話術、人を引きつけて運ぶ内容の奥深さなど、見逃せない時間だった。

 各国の料理を目の前にするたび、実際の食材や背景の食文化と料理を作る人の手技を見て感じないと、人には伝わらないと思った。

 初めてのヨーロッパはフランスのパリだった。ホテルリッツとル・コルドン・ブルーの料理学校体験では、牛乳やチョコレート、バターの種類の多さでフランス菓子の誕生を知り、ドイツのビールとソーセージに乾燥した気候から生まれた深い歴史を感じた。

 その後もイタリア、ハンガリー、スリランカ、アジア各国を巡った。出かけるたびに日本人である自覚と日本料理の良さが近くに思えてくる客観性が芽生えている気がしてきた。
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16:07  |  朝日新聞筑豊さんぽ道連載記事
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