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(5)地域の人と食通じ結びつき

2015.12.02 (Wed)

1971年、24歳で男児を出産した。長男の家長制度が重んじられ、同居の両親、姉、妹、家中が喜び、みんなで可愛がり、育てる雰囲気があった。息子はそれに応えるかのように健康で体格よく育ち、私は大いに助かっていた。

それでも、一連の主婦業は日常の平凡な仕事とはいえ、家の周囲や屋内掃除、家族7人分の食事作りなど、段取りを身につけなければ実に大変なことで、昔の女性のたくましさが身にしみていた。
     *
 そんな私に小さな光が降り注いで胸の内の晴れ間に出あったような感覚が起こった。先輩の保健所栄養士から、県と香春町が協賛する、栄養改善を目標とした「香春町栄養教室」の講師の話をいただいた。

 幼子のいる身だったが、私に主婦業を希望した夫、家に嫁に来たと考える姑(しゅうとめ)の承諾を得たうえで、任命を受けた。講義と調理実習を交互に行い、町社会教育課が事務局となって始動した。私は県の外郭団体「県食生活改善協会講師」に登録された。

 1年間コースで、1週間に1度、中央公民館へ通う道で、香春岳を正面にしっかりと見据え、清瀬川の流れに香春住民になったのだという自覚がわいてくる気がした。

 料理を作って楽しむことも大事だが、何をどのように食べればよいか、「自分の健康は自分で守ろう」をスローガンに、当時の厚生省は食生活を見直し、改善して、生活習慣病(当時は成人病)を予防する目的を掲げていた。

 広範囲の町民の方々が集まってくださり、定員はすぐに満たされ、いろいろな人々と知り合うよい機会となった。ほとんどが年上で、「大場さん宅の嫁さん」として、とても親しくなれたことに地域の良さがうかがえた。
     *
 自宅の組内の人も何人かいて、近所で知り合う前に栄養教室で出会い、何よりも心強い協力をいただいた。同じテーブルで食事をすることは、心のベールをはがし、近い間柄になれる。料理の本当のおいしさは人と人の間の空気を調味料と考え、やさしい心根で作り食べるのが「滋味」であろう。

 香春町ではその後、結婚前の若者たちの料理教室である「青年学級」も受け持ち、外で仕事をする機会が増えていった。

 目には見えない大場家の力が、私を包んでくれていたことに気づいて外から我が家を見ることもでき、自分も育てられていた。

 農林省(当時)の筑豊地区内各所の生活改良普及センター(当時)の地場農産物工夫レシピの作成にかかわり、各地の農村や林業者へのおしゃれな料理指導で田舎を巡った。

 この時、しばらく眠っていた私の中の「田舎虫」、つまり生まれ育った田原平野の土と草の匂いの記憶が騒ぎ始めた気がして体中が温かくなった。農産物や農家の人々は私と同じ空気の流れを持っていた。「よし!」と思ったら、「ポン」といくつかのメニューが頭に浮かぶ、不思議なことだった。
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15:52  |  朝日新聞筑豊さんぽ道連載記事
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